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ぬのをもったおんな

布を持った女

作家名:宮本光庸
制作年:1987年
技 法:ブロンズ
宮本光庸は、1913年徳島市に生まれ、帝国美術学校彫刻科に学んだ後、建畠大夢清水多嘉示に師事しました。文展には在学中の36年第1回展から出品し以降文展、日展に出品を続けています。日展では、特選、朝倉賞など受賞を重ね、57年に会員、62年には審査員となっています。また、徳島県の美術の振興に尽力し、徳島県文化賞を受賞しています。この作品は、両腕で抱えあげることのできるほどの大きさですが、非常に動勢の感じられる作品です。かがんでいる状態から次の動作に移ろうとするその瞬間をとらえているようです。肩、肘、腕、膝、すね、脚による三角形の構図を効果的に多用して全体に安定感をもたせることにより、存在感を確固たるものにするとともに、正面から見ると、上体を起こし、顔をやや仰向き加減にして上方を見つめる縦長の姿勢をとることにより、より大きな空間との関わりを生み出しています。(安達一樹「文化の森から・収蔵品紹介」讀賣新聞1990年12月05日掲載)


カテゴリー:作品
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朝倉文夫とは?【 作家名 】

1883年大分県大野郡・渡辺家に生まれ、9歳のときに朝倉家の養子となる。1902年竹田中学校を中退し、実兄渡辺長男をたよって上京する。1907年東京美術学校彫刻選科を卒業、翌年第2回文展出品作「闇」で二等賞を受賞し、以後文展で7回連続受賞。1921年東京美術学校教授となる。1944年東京美術学校教授を退官し、帝室技芸員となる。1948年文化勲章受章。1951年文化功労者に選ばれる。1964年死去。朝倉は美術学校を卒業するやいなや、文展でいきなり二等賞を受賞し、その後も相次いで二等、三等賞を受賞するなど華々しい作家活動をし、時には嫉妬心の矛先をむけられた。「墓守」は彼の自然主義的な作風をよく示す作品で、東京谷中にある天王寺墓地の墓守で、彼が美術学校へ通うころから毎日のようにみかけていた老人をモデルにしている。「作品は自然の一部であればよい」といった朝倉の一つの節目となった作品である。(「日本近代彫刻の一世紀 写実表現から立体造形へ」図録 1991年)

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