ユトリロはこのモチーフをさまざまな角度から何度も作品にしている。この絵を見ることで、私たちは
ユトリロの白の時代に入り込むことになる。ここは
ユトリロの人生にとって重要な意味をもつ古きよきモンマルトルの真ん中である。モンマルトルのテルトル広場やサクレ=クールは、
ユトリロと家族である
ヴァラドン、ユッテルの生活に欠かせない場所であった。建物の壁には
ユトリロの数えきれないほどたくさんの思い出が染みついているとともに、19世紀の歴史的な事件が刻み込まれている。 窓は開いているが、何も入り込んでいかない。生も死もすべては、建物の外にある。鎧戸も窪んだ窓も、何も生きていないかのように押し黙ったままである。白壁は白くはなく、澄みきったものは何一つない。まぎれもない黒も、ここにはない。この絵は、自分がほかの人のために生きているのか、そうではないのかという、
ユトリロによる自我の探究なのである。 それはほかの人たちの中に一つの自己を見いだすことである。自分は白くはないとしても、ほかの人たちも青いとは限らない。 町の中でのいさかい、自分との葛藤。じっと待つこと、不信−生きながらえ、さらに待つこと−そして無! 青や灰色や薔薇色のしみがついた、白の時代の
ユトリロの絵の建物の壁には、そうしたことのすべてが描き込まれている。赤ワインの入ったグラスで
ユトリロが味わった人生のように。(K.S.)