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れべっかのゆうかい うじぇーぬどらくろわのげんがによる レベッカの誘拐[ウジェーヌ・ドラクロワの原画による]
ドラクロワは、ここではイギリス中世の情景の一つを描いている。中世の情景といっても、これはウォルター・スコットの1827年に出版された小説『イバノエ』の中で再現され叙述され直したものである。フロン・ド・ブウフ(1066年にイギリスを征服したノルマン人の子孫)の城から袋をつるすこの物語は、非常に堅固な城壁と塔を描き出している。火事の時にこの塔は、煙に包まれ、聖堂騎士階級をあらわす赤十字の飾りをつけた白い服を着たボワジルベールは、美しいレベッカ、ヨークの町に住む商人イサック老人の娘を奪ってゆく。この心をかき乱すような粗暴な情景は、若くて美しいユダヤの女性に対する聖堂騎士の野性的な情熱を物語っている。この銅版画はドラクロワの絵から制作されたもので、ドラクロワのサインと年記1858年とがある。1902年にトミー・チェリーの遺贈物としてルーヴル美術館におさめられた。ルーヴル美術館の銅版彫刻室に保存されていた原版を使ってジルーが彫ったのはそれ以後の事である。ドラクロワは、同時代の多くの芸術家のように、しばしば、彼の作品構成の題材を中世の歴史や、あるいは英文学(シェークスピア、バイロン、W.スコット等)から選んだ。それがロマン主義絵画にとっての主要な源泉となっていたのである。版画家はここでは、次第に感情が響き渡ってくるようなドラクロワの着色方法や断続的なタッチのテクニックを非常に忠実に表現している。またこの技法こそが、彼の最終期の作品の中で、ドラクロワをして近代的探求法の先駆者たらしめたのである。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)
カテゴリー:作品
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エッチングとは?【 美術用語 】 版画技法。銅版画は、凹版を製版する技法によって直刻法と酸腐蝕法に大別できるが、これは後者の内で最も代表的なものである。エッチングの語源は「腐蝕」。まず銅板にグラウンド(防触剤)を均一にひき、ニードル等の鉄筆状のもので描画すると、描いた線の部分のみ銅板が露出される。これを酸にひたし、腐蝕時間によって線の深浅(太細)を調整する。そしてグラウンドを除去し、凹部にインキをつめ、プレス機で紙に刷り上げる。エッチングの特徴は、直刻法に比べて描画が容易であり、線の表情も腐蝕の深さによって自由に加減できることである。欧州では13世紀頃から金属細工師が腐蝕を用いて図案の線刻を行なっている。それを応用したエッチング版画の登場は16世紀初頭と考えられており、17世紀にはレンブラントを頂点として数多く制作された。日本では1931年、西田武雄によって専門誌『エッチング』が創刊され、日本の現代銅版画の創成期における、エッチングの研究・普及に大きな役割を果たした。 画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。 |
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