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いそみ てるお 磯見輝夫
1941年神奈川県に生まれる。1966年東京芸術大学油画科を卒業、油彩や水彩、またリキテックスの作品を制作していたが、1971年同大学大学院版画科に再入学、本格的に木版を始めた。1973年に修了、主に個展で活動する。1979年、第47回日本版画招会展で協会賞、日動版画グランプリで賞候補となり注目を浴びる。1978年頃から合板ではなく杉板を版本として用いること、また横に並べ継いで大型版画の制作を始めた。板と板との継ぎ目や、板目の違いによる刷りムラも、独自の技法として取り込み、墨一色の力強くプリミティブな作風を確立している。一見、ムンクやゴーギャンを思わせるような、人物、花、樹木などの単純化された構成は、強烈な印象を観る者に与え、現代人に鮮烈な衝撃、悲愴感を投げかけている。
カテゴリー:作家
勝田蕉琴とは?【 作家名 】 1879年福島県に生まれる。本名良雄。はじめ会津若松の南画家野出蕉雨に学んだのち、1899年(明治32)上京、橋本雅邦に師事する。1902年に東京美術学校日本画選科に入学、1905年の卒業後、岡倉天心の推薦を受けて、タゴールの賓客としてインドに渡る。カルカッタ西北のシャンティニケトン学園で東洋画を教える一方、仏画の制作と仏教美術の研究をおこなった。1907年に帰国し、同年の第1回文展に初入選する。その後、国画玉成会にも参加する。1913年(大正2)の第7回文展で3等賞受賞、以後、官展を主な活躍の場とした。また1963年(昭和38)以降は、革新美術協会に出品した。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年) |
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