ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


原勝郎



原菊太郎



原健



原丹橋



原鵬雲







ハルス



ハルトフ



春日蜿々(白梅)



ハロルドジェニングス



版画集『大鴉』『大鴉』表紙



版画集『大鴉』胸像の上の大鴉−「パラスの像へと降り立った……」



版画集『大鴉』飛翔する大鴉:書票



版画集『大鴉』窓辺にて−「ここに私は鎧戸を開け放った……」



版画集『大鴉』椅子−「床の上に漂いつつ横たわるその影……」



版画集『大鴉』ランプの下で−「嘗て物寂しい真夜中に……」



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉1. フィリポ 邊梨保の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉10. タダイ 多駄伊の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉11. ヤコブ 也胡武の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉12. シモン 指聞の柵


<前 (119/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


ぶらっくもん

フェリックス・ブラックモン

パリに生まれたブラックモンは、日本美術の影響を受けた最初の西欧の芸術家と考えられている。鳥と花が描かれた版画の劇的な構図の効果や、ルソーの食器セット(1866年)のデザインに、ジャポニスムの影響が現れており、おおむね北斎の絵本類から着想を得たものである。ジャングラール協会という日本美術の研究を唱道する芸術家、批評家の集団の創立メンバーとして1860年代半ば頃、毎月会合を開き、フィリップ・ビュルティ、ザカリ・アストリュック、アンリ・ファンタン=ラトゥール、ジュール・ジャックマール、M・L・ソロン、アルフォンス・イルシュらと日本美術について語りあった。1874年に日本の多色刷木版画を真似た最初の多色刷エッチングを制作した。多くの画家や版画家との交友を通して日本美術の喧に努め、テオドール・ルソー、オーギュスト・ルペール、アルベール・ベナールら多くの画家にエッチングを教えた。1889年、アンリ・ゲラールやフィリップ・ビュルティと共に画家=版画家協会年次展覧会創立に貢献した。(P.F.)(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)


カテゴリー:作家
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

北野恒富とは?【 作家名 】

金沢市に生まれる。本名富太郎。明治25年(1892)版下業の西田助太郎に彫版を学ぶ。明治30年北国新報社の彫刻部に勧めるが、退社して大阪に出る。翌年月岡芳年の弟子で日本画家の稲田年恒に師事し、浮世絵を学ぶ。その後梶田半古から新しい風俗画を学ぶ。明治34年大阪新報社に入社して挿し絵を描くが、明治44年第5回文展で3等賞を受賞する。大正元年(1912)大正美術会を設立。大正3年日本美術院再興とともに院展に出品、翌年大阪美術会を設立。大正6年日本美術院同人となる。美人画が得意で門下に中村貞以がいる。写生を基礎として恒富の美人画風俗画は、平明な親しさと余韻を持つ。(「東四国阿波讃岐風景画展」図録 1993年)

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

北野恒富

キーワードを含む記事
2件見つかりました。

  北野恒富

  斎藤翠紅


<前   次>

徳島県立近代美術館2006