![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
びゅお フェリックス・ビュオ
ノルマンディーのボローニュで生まれ、1865年にルコック・ド・ボワボードランの下で絵画を学ぶためパリに赴く。1872年、扇職人のデュヴェルロワの下で働き、そこで日本の扇のデザインを学んだ。また、水彩によって海景や風景を描き始めたのもこの時期であった。彼が、初めてエッチングを手がけたのは1874年からで、その頃批評家で日本美術のコレクターであるフィリップ・ヴュルティに出会った。ビュルティは彼に『ジャポニスム:10のエッチング』(1875年から始まり1883年に出版された)のために、自分のコレクションから日本美術品の複製版画を制作するように依頼した。ビュオは特に日本美術から学んだ大気の効果を出すのが得意であった。彼はまた、写真を研究し、写真をもとに版画を制作している。(P.F.)(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)
カテゴリー:作家
島成園とは?【 作家名 】 大阪府に生まれる。本名は成栄。日本画家である父の栄吉らが描くのを見て絵を独習し、やがて北野恒富(きたの つねとみ)らとの親交によって独自の画風を築いてゆく。女性や子供を温かいまなざしでとらえた作品を特徴とし、1912(大正元)年の第6回文部省美術展覧会(文展)で〈宗右衛門町の夕〉が入選したのを皮切りに、大阪画壇における優れた女性作家の一人として活躍する。(「美人画の雪月花展」作家略歴パネル、2019年) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||