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とぅりゅしぇ アベル・トゥリュシェ
アカデミー・ジュリアンで学んだトゥリュシェは早くから、挿絵画家、版画家として活躍したが、ユーモアに溢れた諷刺画家としても知られる。1883年には、社会の諷刺を題材にしたアンコエラン協会の展覧会に出品し、後に風刺画家協会の創立メンバーともなった。また、モンマルトルの芸術家の溜り場、キャバレー「カザール」に住み込み、キャバレーの室内装飾やポスター、会誌の挿絵などを手がけた。多色刷石版画の分野で主に活躍したが、20世紀に入ってからは多色刷エッチングも試みている。(M.Y.)(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)
カテゴリー:作家
結城正明とは?【 作家名 】 越中(現富山県)富山に金沢藩士の子として生まれる。安政年間に江戸に出て、木挽町狩野家の狩野雅信に入門する。狩野芳崖、橋本雅邦、木村立嶽は同門。万延年間の江戸城本丸御殿再建に際して、雅信のもとで障壁画等の制作にたずさわった。明治維新後、狩野派の苦境から一時会計事務の仕事などを行うが、銅版画を学びはじめ、明治10年(1877)の第一回内国勧業博覧会では銅版画で受賞した。この頃、銅版画地図の制作にもあたる。明治17年(1884)に結成された鑑画会に加わり、翌年の第一回展に出品。東京美術学校が開設されると日本画科教官となり、明治24年(1891)助教授。自宅の画塾では、美術学校へ入る前の横山大観、菱田春草を指導した。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年) |
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