本名は、ガストン・
デュシャン。画家
マルセル・デュシャンとレーモン・
デュシャン・ヴィヨン兄弟。二人と共に、1910年代には、ピカビアや
レジェを含むキュビスムや
未来派の画家たちの前衛派グループの中心的存在となり、1913年のアーモリー・ショーにも出品している。それ以前にも長い挿絵作家としての経歴があり、『フランス通信』や『うまい汁』等、一流雑誌に挿絵を寄稿して生計を立てていた。1899年までには、パリの人々の生活や軍隊生活などを描いた版画作品集も出版している。キュビスムの様式に移行してからも版画制作を続けたが、1930年以後は純粋色を用いた絵画に専念した。(M.Y.)(「世紀末から 西洋の中の日本「
ジャポニスム展」図録)