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う゛ぇるね ジョセフ・ヴェルネ
生地アヴィニョンとエクス=アン=プロヴァンスで絵の修業をする。20歳の頃イタリアに行きティヴォリなどの観光地などを巡って、イギリスなどからの富裕な旅行者の土産用の絵を描く。その後、クロード・ロランやパニーニなどの影響を受けて架空の風景画や海景画を制作するようになり、油彩絵具に対する優れた感覚も相まって確固とした地位を築いた。1746年、祖国のアカデミー入りを認められたあと、1753年に20年以上にわたるイタリア滞在を終えて帰国。フランスの主要な港の正確な景観をはじめ、嵐の海、難破船、月光の港などを精妙な色彩で詩情豊かに表現して人気画家となり、ルイ15世治下の宮廷からも注文を受けた。1778年にはスイスを訪れ、イタリアにいた頃の手法でアルプス風景を描いている。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)
カテゴリー:作家
ブーシェとは?【 作家名 】 18世紀フランスのロココ絵画を代表する画家。20歳でアカデミーの大賞を獲得。その後イタリアに遊学。ここでベネチアの絵画に深い感銘を受ける。帰国後、アカデミー会員となる。後に会長に就任し、ヴェルサイユにおいては、ルイ15世の主席宮廷画家となって、ポンパドゥール夫人の絵画教師もつとめた。彼の芸術活動は実に幅広く、ヴェルサイユ宮の装飾、タピスリーやセーヴル陶磁器のデザインのほか、オペラ座の舞台デザインをも手がけた。絵画においては永遠の女性ヴィーナス礼賛こそ彼の一生を賭けたモチーフであった。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年) |
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