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まるちね フランソワ=ニコラ・マルチネ
版画家、製図家。1756年には王室付の版画家として活動している。版画制作のいっぽうで、演劇や喜劇オペラのためのイラストを描くとともに、本の挿絵、装飾的な素描や版画の本を制作している。人物表現においては、彼の画家としての技量あるいはその構図にはぎこちなさが感じられ、自然史を題材にした挿絵作品、あるいは装飾デザイナーとしての作品に優れたものが多い。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)
カテゴリー:作家
川上冬崖とは?【 作家名 】 1827年長野県に生まれる。江戸に出て大西椿年に学び岸太郎と称する。蕃書調書に入り、絵画取調出役、画学出役となって洋画法を研究し、後進を指導。明治維新後、大学南校(東京大学の前進)、文部省、陸軍兵学寮、陸軍参謀局に勤める。第1回、第2回内国勧業博覧会美術部の審査主任。1870年下谷に私塾聴香読画館を設けて青年たちに西洋画法を教える。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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