![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
じゃぜ ジャン=ピエール・マリー・ジャゼ
版画家。祖父の手ほどきを受け、そのもっとも優れた弟子となる。早くから版画、素描の制作をよくし、販売も行った。特にアクアチントの技法をよくし、その専門家となった。1817年にサロンにデビューし、それ以後、もっぱら絵画の複製版画の制作を行うようになる。アントワーヌ=ジャン・グロ、オラース・ヴェルネらの作品の複製版画により、その名声を確かなものとした。そのほか、ジャック=ルイ・ダヴィッド、アン=ルイ・ジロデの作品などの複製版画を制作している。また、第一帝政期の出来事を数多く描いて高い人気を得たが、限られた画題しかあつかわないとして批判も受けた。1846年にレジオン・ドヌール勲章を受章し、1865年までサロンに出品し続けた。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)
カテゴリー:作家
ドニとは?【 作家名 】 フランス、グランヴィルに生まれる。パリに出てアカデミー・ジュリアンに学び、ボナール、ヴュイヤール、ランソン、セルジェらと交友する。ポンタヴェンでゴーギャンの影響を受けて結成された、ナビ派の第1回展(1891年)に参加する。セザンヌへの傾倒も強く、作品テーマに「セザンヌ礼讃」(1900年)や「セザンヌ訪問」(1906年)がある。イタリア、ドイツ、スペイン、モスクワ、アルジェリア、アメリカ、カナダと旅行し、特にイタリアでは信仰と美の合致を見出す。宗教画や装飾画も手がける。1920年には国立美術協会宗教芸術部の副部長となる。装飾的、象徴的画面構成に特色がある。また美術理論家としても重要である。(「パリ・日本・メキシコ 埼玉県立近代美術館所蔵作品による」図録 1992年) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||