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じゃぜ ジャン=ピエール・マリー・ジャゼ
版画家。祖父の手ほどきを受け、そのもっとも優れた弟子となる。早くから版画、素描の制作をよくし、販売も行った。特にアクアチントの技法をよくし、その専門家となった。1817年にサロンにデビューし、それ以後、もっぱら絵画の複製版画の制作を行うようになる。アントワーヌ=ジャン・グロ、オラース・ヴェルネらの作品の複製版画により、その名声を確かなものとした。そのほか、ジャック=ルイ・ダヴィッド、アン=ルイ・ジロデの作品などの複製版画を制作している。また、第一帝政期の出来事を数多く描いて高い人気を得たが、限られた画題しかあつかわないとして批判も受けた。1846年にレジオン・ドヌール勲章を受章し、1865年までサロンに出品し続けた。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)
カテゴリー:作家
島成園とは?【 作家名 】 大阪府に生まれる。本名は成栄。日本画家である父の栄吉らが描くのを見て絵を独習し、やがて北野恒富(きたの つねとみ)らとの親交によって独自の画風を築いてゆく。女性や子供を温かいまなざしでとらえた作品を特徴とし、1912(大正元)年の第6回文部省美術展覧会(文展)で〈宗右衛門町の夕〉が入選したのを皮切りに、大阪画壇における優れた女性作家の一人として活躍する。(「美人画の雪月花展」作家略歴パネル、2019年) |
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