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りゅす マクシミリアン・リュス
1858年フランスに生まれる。1941年没する。複製木版画の職人として『イリュストラシオン』誌などの挿絵を手がけながら、絵を学ぶ。1885年頃からスーラの影響を受けて、点描で油彩を描き始め、1877年のアンデパンダン展出品をきっかけに、シニャックらによる新印象主義の一員となった。貧しい労働者階級の出身である彼は、労働者やパリの裏町を描くことも多かった。後に、印象主義風の作風へと近づく。また、挿絵画家としても活躍した。
カテゴリー:作家
池田輝方とは?【 作家名 】 1883年東京都に生まれる。建具職池田吉五郎の次男。1895年(明治28)水野年方に内弟子として入門、鏑木清方、荒井寛方、大野静方らとともに年方門の四天王といわれる。1902年日本美術協会、日本美術院連合の第12回絵画共進会展、翌年の第13回展で1等褒状を、4年の第14回展で銅賞三席を受ける。清方らにより1901年に結成された烏合会に参加。1903年同門の蕉園と婚約するが、紆余曲折の末、11年結婚する。この間、1907年川合玉堂に入門。1912年第6回文展で褒状を、第8回展で3等賞、第9回展で2等賞を受け、第10回展では蕉園とともに夫妻そろって特選を受賞した。1917年(大正6)妻蕉園が病没。1919年、石井林響、山内多門らと如水会を結成し、この年の第1回帝展にも出品するが、21年結核のため逝去する。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年) |
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