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まるたん アンリ・マルタン
1860年フランスに生まれる。1943年没する。故郷トゥールーズの美術学校を経て、パリのエコール・デ・ボザールで学ぶ。古典的でアカデミックな作品を描いて1883年のサロンで一等賞を受ける。その後4年間ローマに滞在する。帰国後、スーラの影響もあって、点描による作品を発表し、世間を驚かす。1900年の万国博覧会でグランプリ、1914年にはレジオン・ドヌール三等勲章を受ける。1917年には美術アカデミー会員となる。また、パリ市庁舎の壁画制作(1895-1906年)を始め、建築の装飾なども行った。
カテゴリー:作家
森田恒友とは?【 作家名 】 1881年埼玉県に生まれる。上京して小山正太郎の不同舎に入門。東京美術学校西洋画科にすすみ、卒業後進学していた研究科を1907年(明治40)やめ、石井柏亭、山本鼎らと同人雑誌「方才」を創刊する。また詩人北原白秋らとパンの会を起こす。同年開設された文展に入選。その後一時、秋田や大阪で教員や新聞社に就職するが再上京し、1914年(大正3)渡欧する。帰国後は、セザンヌやドーミエ、またキュビスムに影響された作品を発表する。翌年、二科会の会員になる一方、院展洋画部に出品し、翌年同人に推挙される。また同年、小川芋銭、川端龍子、小川千甕らとともに日本画家の団体珊瑚会を結成。しだいに水墨画家の活動もはじめる。1917年、院展に専念するため二科会を退会。1920年には院展同人とともに日本美術院を脱退、1922年春陽会を結成し、以後ここを中心に活動する。1932年(昭和7)食道癌のため入院し、翌年逝去。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年) |
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