ぐるぐるアートワード
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松原秀伸



松宮芳年



松本旻



■本一洋



松本英一郎



松本竣介



マティエール



マティス



窓辺の少女



マニエリスム



マニャスコ



マネ



『マネキン人形たち』 表紙



『マネキン人形たち』 15点組



真野紀太郎



まのん



間部時雄



マヤキリ



マリア・ピーテルス・オリカンの肖像(アンドリース・ファン・デル・ホルン夫人)



マリエ


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くうぁく どぅく じゅん

クウァク・ドゥク=ジュン(郭徳俊)

1937年京都府に生まれる。1955年京都府立日吉ヶ丘美術工芸高校日本画科を卒業。1966年京都における初個展以降、京都、大阪、東京、ソウルなどで活発に個展を開くとともに、サンパウロ・ビエンナーレ展をはじめ、リュブリアナ国際版画ビエンナーレ展、ソウル国際版画ビエンナーレ展、クラコウ国際版画ビエンナーレ展など、世界各地の国際版画展に出品し活躍。「無意味なものを意味化せず事実を確認する」という方法論を基礎として、主に写真を用いた概念的表現をシルクスクリーンによって行なっている。パフォーマンスビデオ・アートの分野でも知られており、1970年にメジャーメール・イベントを71年にはヒエイ空気採集移送イベントを行ない、74年から79年まで「国際オープン・エンカウンター・オン・ビデオ」展へ連続出品、78年には「京都国際映像」展へ参加するなど活躍を続けている。


カテゴリー:作家
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北野恒富とは?【 作家名 】

金沢市に生まれる。本名富太郎。明治25年(1892)版下業の西田助太郎に彫版を学ぶ。明治30年北国新報社の彫刻部に勧めるが、退社して大阪に出る。翌年月岡芳年の弟子で日本画家の稲田年恒に師事し、浮世絵を学ぶ。その後梶田半古から新しい風俗画を学ぶ。明治34年大阪新報社に入社して挿し絵を描くが、明治44年第5回文展で3等賞を受賞する。大正元年(1912)大正美術会を設立。大正3年日本美術院再興とともに院展に出品、翌年大阪美術会を設立。大正6年日本美術院同人となる。美人画が得意で門下に中村貞以がいる。写生を基礎として恒富の美人画風俗画は、平明な親しさと余韻を持つ。(「東四国阿波讃岐風景画展」図録 1993年)

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