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ぴろうす アブドゥル・ジャリル・ピロウス
1933年インドネシアに生まれる。1964年、バンドン工科大学美術学部卒業後、同大学美術デザイン学部の講師となり、絵画とカリグラフィー(書)を教える。1969年ニューヨークのロチェスター工科大学芸術学部で版画とグラフィック・デザインを学び、帰国後、72年バンドン工科大学美術学部のグラフィック・デザイン研究所所長、84年には、同大学美術デザイン学部長に就任。ジャカルタやロンドンで個展を開催するとともに、世界各地の展覧会に出品し活発な活躍をみせている。1974年、76年の第1回、第2回インドネシア・ビエンナーレで、連続して絵画最高賞を受賞。1970年ニューヨークで開催されたネパール芸術展で最高版画コレクション賞の受賞。1972年第8回東京国際版画ビエンナーレ、75年第3回インド・トリエンナーレ、77年旧ユーゴスラビアのリュブリアナ国際版画ビエンナーレ、80年、89年福岡市美術館のアジア美術展、81年ASEAN絵画版画写真展などに出品。1984年ソウル国際美術展では銀賞を受賞している。
カテゴリー:作家
ピカソとは?【 作家名 】 1881年スペインに生まれる。1973年没する。幼少時から卓越したデッサン力を示し、ダ・グァルダとバルセロナの美術学校でアカデミックな技法を学ぶ。1900年から04年までパリとバルセロナの間を往復し、04年からはパリの長屋、洗濯船(バトー・ラヴォワール)に住んでエコール・ド・パリの作家達と交わる。1902年頃から抒情的な青の時代に入り、続いてバラ色の時代を経て、07年に〈アヴィニヨンの娘たち〉を制作、ブラックとも出会う。キュビスムの幕開きであった。1918年頃から新古典主義的傾向に変わり、25年頃からはシュルレアリスムをとり入れる。1933年には雑誌『ミノトール』創刊に参加、37年にはスペインのフランコ政権に抗議して〈ゲルニカ〉を制作した。戦後は〈画家とモデル〉のシリーズや過去の巨匠に題材をとった作品も作り、また日記のように毎日大量の版画を制作した。彫刻、セラミック、舞台装飾、ポスターなどの分野にも手をひろげた。20世紀美術の最高峰の1人といえるだろう。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年) |
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