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かるならとね H.A.カルナラトネ
1929年スリランカに生まれる。コロンボの国立美術大学で絵画・素描を専攻し、1958年卒業。1959年から61年には、日本政府奨学生として東京芸術大学に学び、さらに、65年から66年に、フルブライト賞により、ニューヨークのプラット・インスティテュートに学ぶ。1975年からコロンボにあるケラニヤ大学美術部の講師を勤めている。1955年コロンボのアート・ギャラリーで開催された国際仏教徒美術展で1−3等賞を受賞。1969年サンパウロ・ビエンナーレ、81年ニューデリー国立近代美術館での南アジア文化祭、ロンドンでのスリランカ現代絵画展、バングラデシュでのバングラデシュ・アジア美術展、86年第3回バングラデシュ・アジア美術ビエンナーレに出品。福岡市美術館でのアジア美術展には、1980年の第1回展から第3回展まで連続出品している。受賞歴としては、1955年、56年にはセイロン美術協会から連続して協会賞、56年、58年にセイロン美術協会の年間最優秀作品2等賞を受賞している。
カテゴリー:作家
平福百穂とは?【 作家名 】 1877年秋田県に生まれる。本名貞蔵。四条派の画家である父の平福穂庵から手ほどきを受けた後、1894年(明治27)に上京して、川端玉章に師事する。1897年東京美術学校日本画科に編入学する。1900年、玉章門下の結城素明らと无声会を結成。1913年(大正2)の无声会解散後は、同年に国民美術協会の創立に加ったほか、1915年に川端龍子、小川芋銭らと珊瑚会を結成する。一方文展にも出品し、1914年の第8回展で3等賞を受賞、第9回展で褒状を受け、第11回展では特選となる。1916年には、松岡映丘、結城素明、鏑木清方、吉川霊華らと金鈴者を結成し、翌年の第1回展から1922年の解散時まで出品する。1922年の第4回帝展、1926年の第7回帝展では審査員をつとめ、1930年(昭和5)に帝国美術院会員、1932年には東京美術学校教授となった。大和絵、南画、琳派や桃山時代の絵画、中国古代美術などを広く学ぶとともに、歴史故実も研究し、多彩な画風を展開した。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年) |
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