![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
きむちゃんゆる 金昌烈
1929年ソウルに生まれる。ソウル国立美術大学、ニューヨーク・アート・ステューデンツ・リーグに学び、1960年代は抽象絵画を描くが、70年代に入るとスーパーリアリズムの手法を用いて、水滴を描き始める。1961年第2回パリ青年ビエンナーレ、72年第8回東京国際版画ビエンナーレ、72−76年サロン・ド・メ展に、77年東京セントラル美術館「韓国現代美術の断面」展、81年ブルックリン美術館の「韓国今日のドローイング」展に出品する。1973年第12回サンパウロ・ビエンナーレで名誉賞受賞、83年東京都美術館他の「韓国現代美術展」に出品する。現在はパリにて制作を続けている。(「THE HIROSHIMA 広島市現代美術館所蔵作品による」図録 1991年)
カテゴリー:作家
勝田蕉琴とは?【 作家名 】 1879年福島県に生まれる。本名良雄。はじめ会津若松の南画家野出蕉雨に学んだのち、1899年(明治32)上京、橋本雅邦に師事する。1902年に東京美術学校日本画選科に入学、1905年の卒業後、岡倉天心の推薦を受けて、タゴールの賓客としてインドに渡る。カルカッタ西北のシャンティニケトン学園で東洋画を教える一方、仏画の制作と仏教美術の研究をおこなった。1907年に帰国し、同年の第1回文展に初入選する。その後、国画玉成会にも参加する。1913年(大正2)の第7回文展で3等賞受賞、以後、官展を主な活躍の場とした。また1963年(昭和38)以降は、革新美術協会に出品した。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||