![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
そん あー ゆ 孫雅由
1949年大阪府に在日韓国人二世として生まれる。2002年没する。66年美術家を志し上京、高山登に師事する。68年多摩美術大学に入学するが、自主退学する。69年よりパフォーマンス、フィルム作品の制作などを行うようになる。75年大阪に戻る。76年に油彩作品による初個展、77年に版画作品による初個展を開催する。以後この二つのジャンルが制作の中心になる。また、80年には西宮に「工房イュプシロン」を設立、アート・プロデュースを始める。「リュブリアナ版画ビエンナーレ」をはじめ、国内外の個展、グループ展に多数出品している。
カテゴリー:作家
河合新蔵とは?【 作家名 】 大阪府に生まれる。1891年頃東京に移り、五姓田芳柳に学ぶ。その後小山正太郎の不同舎に移る。1900年、満谷国四郎、丸山晩霞、鹿子木孟郎らとともに渡米し、翌年ヨーロッパに渡る。パリではアカデミー・コラロッシュに入ってラファエル・コランに師事。またアカデミー・ジュリアンにも学んだ。1904年に帰国。一時京都に住むが再び上京して太平洋画会に参加。大下藤次郎の水彩画講習所の開設に協力して講師をつとめる。1912年に京都に移住。関西美術院の教授となり、関西美術会の審査員などもつとめた。1913年の日本水彩画会の創立には発起人となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||