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う゛んだーりっひ パウル・ヴンダーリッヒ
1915年ドイツに生まれる。第2次大戦中兵役についた後、ハンブルグ美術学校に学ぶが、在学中の1949年初めてリトグラフを制作し、同年リューベックで個展を開催。1951年から60年まで母校でリトグラフを教えるかたわら出品した、60年マンハイム青年版画展でドイツ賞を受賞し注目される。1960年から63年までパリで制作にあたった後、63年から68年までハンブルグ美術学校教授として再び後進の指導に携わる。1964年カッセルの「ドクメンタ3」に出品。1965年頃から、写真家である妻カリンが撮影した裸婦写真をリトグラフや絵画の素材として用い、かもし出されるエロチシズムをシュールレアリスムやドイツ表現主義の伝統と結びつけながら精密な作風で表わす。1968年東京国際版画ビエンナーレ展で神奈川県立近代美術館賞を受賞し、日本でも広く知られている。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年)
カテゴリー:作家
丸山晩霞とは?【 作家名 】 長野県に生まれる。本名は健作。1884年上京し、勧画学舎に学ぶが1年足らずで帰郷。1888年再び上京し、本多錦吉郎の彰枝堂に学ぶ。1890年、第3回内国博覧会に油彩画を出品。1895年、吉田博と出会い、水彩画に興味を抱く。1990年満谷国四郎、河合新蔵らと渡米。その後ヨーロッパを巡って翌年帰国。太平洋画会の創立に参加。大下藤次郎らと水彩画講習所を開き、さらに日本水彩画会研究所へと発展させた。1911年再渡欧。1913年に日本水彩画会の創立に参加。評議員となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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