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くっき エンツォ・クッキ
1950年イタリアに生まれる。1970年代にイタリアで、芸術的な問題を扱う新しい方法や地平を切りひらこうとした画家達が現れた。そして1980年代にアメリカでシュナーベルが現れニューペインティングが脚光を浴びたが、イタリアでも、クッキ、クレメンテ、キアという3人の、Cで始まる名前をもつ人々が現れた。1977年、ローマのインコントリ・インテルナショナリ・ダルテでデビューしたクッキは、アドリア海に面する港町アンコナにずっと住み、制作を続ける。人体などをデフォルメして、原色や黒を多用した、色彩の強いコントラストによって描かれる絵画や、巨大な流木に彩色した彼の作品は、攻撃的で見る者を不安にさせる。しかしアンコナに住み続けてイタリアの伝統に根づき、個人的体験を想起しながらも頭をカラッポにして彼は描く。その中で生まれたドラマチックな物語性は、彼独特の詩的形式を現実化したものであり、機知にも富んでいる。1982年、ベルリンのツァイトガイストなどに出品。
カテゴリー:作家
マン・レイとは?【 作家名 】 1890年アメリカに生まれる。1976年没する。1913年「アーモリー・ショウ」で、ヨーロッパの近代と同時代の美術を知り、特にキュビスムに興味を引かれる。1915年デュシャンと出会い、ニューヨーク・ダダの中心人物となる。同年、絵画の初個展を開く。1918年写真に彩色した作品を作る。1921年パリに渡り、シュルレアリスト達との交流が始まる。1922年カメラを使わない写真「フォトグラム」を制作、彼流にそれを「レイヨグラフ」と呼ぶ。1929年過度の露光によりポジとネガが部分的に反転する現象を利用した「ソラリゼーション」を発見。また映画作りにも参加する。1936年ロンドンの「シュルレアリスム国際展」、ニューヨークの「幻想芸術、ダダ、シュルレアリスム展」に出品。1940年、第2次世界大戦をきっかけにカリフォルニアへ移る。1951年パリに戻る。1961年ベネチア・ビエンナーレ金賞を受賞。1962年、パリ国立図書館、66年ロサンゼルス・カウンティ美術館で回顧展。写真とシュルレアリスムを統合し、多くのメディアで現代美術に貢献した。 |
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