ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


山麓で羊といる少女



サン=ロック教会



サーレ



サー・ウィリアム・マクスウェル将軍の肖像



The Signified or If No.1



The Signified or If No.2



The Signified or If No.3



The Signified or If No.4



The Signified or If No.5



The Signified or If No.6



The Signified or If No.7



ザヴジェル



ザガッタ



雑誌「青騎士」



雑誌「自由」(ラ・リベルテ)



雑誌「微笑み」(ル・スリール)



雑誌「ル・ポンポン」



ザツキン



『ザ・ライフ・オブ・マン』



ザルテン


<前 (66/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


こるう゛ぃっつ

ケーテ・コルヴィッツ

1867年ドイツに生まれる。1945年没する。旧姓はシュミット。1885年ベルリンに出てベルンに絵画の指導を受ける一方、マックス・クリンガーの連作版画に触れ強く影響される。一時故郷のケーニヒスベルクに帰った後、1888年ミュンヘンに出る。ヘルテリヒに学ぶが、色彩表現よりも白黒の表現に自分の適性を見い出し、エングレーヴィングリトグラフの制作を開始。1891年以降、診療所の医師として働く夫と北ベルリンの労働者街に住み、貧しい生活や戦争体験を心情的共感をもって描き出す。1908年に完結した版画集〈農民戦争〉で、ヴイラ・ロマナ賞を受賞し1年間ローマに遊学。1903年から11年にかけて雑誌『ジンプリツィシムス』の挿絵を描く。1920年以降制作した木版画や第1次世界大戦の戦没者記念碑などの彫刻、ポスターでの業績も知られている。表現主義の伝統を受け継いだドイツにおけるプロレタリア絵画の先駆者の一人。


カテゴリー:作家
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

川端龍子とは?【 作家名 】

1885年和歌山県に生まれる。本名昇太郎。1895年(明治28)、一家で東京に転居する。1904年に白馬会洋画研究所で、6年には太平洋画会で洋画を学び、7年の東京勧業博覧会、第1回文展にそれぞれ入選し、翌年の第2回文展にも入選する。1913年(大正2)洋画研究のためにアメリカに留学するが、ボストン美術館等で東洋・日本の古美術に感銘を受け、半年の滞在ののち帰国、日本画に転向し、自然主義を標榜する平福百穂らの无声会に参加する。翌1914年東京大正展覧会で初の日本画入選。1915年には、平福百穂小川芋銭らと珊瑚会を結成する。また同年の第2回再興院展に入選、第3回展で樗牛賞を受賞して院友となり、1917年の第4回展で同人に推挙された。以後、1928年(昭和3)に脱退するまで院展を活動の場とした。1929年に青龍社を創立、主宰する。1959年には文化功労者となり文化勲章を受章。その作品は、洋画研究の成果を反映させた力強い表現力と大胆でスケールの大きい画面構成を特色としている。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

川端龍子

キーワードを含む記事
7件見つかりました。

  池田洛中

  小川芋銭

  川端龍子

  坂本繁二郎

  平福百穂

  松宮芳年

  森田恒友


<前   次>

徳島県立近代美術館2006