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ちゃどうぃっく リン・チャドウィック
1914年イギリスに生まれる。建築製図家として働き、第2次世界大戦中1941年から44年まで海軍の飛行士として従軍。戦後テキスタイルの制作、家具や建築のデザインに携わりながら彫刻を学ぶ。初期の作品はコールダーの影響を受けたもので、1947年にはじめて発表した作品もモビールであった。1950年最初の個展をロンドンで開催。モビールとともに構成的作品を制作するが、昆虫や動物を題材にした象徴的作風を経た後に、人間をモチーフとして鋭角的な面取りを行なう表現を展開する。戦後ヘンリー・ムーアを代表とするイギリス彫刻が国際的に高い評価を受けるが、ムーアに続く世代の作家として注目を集め、1956年第28回ヴェネチア・ビエンナーレ展で国際彫刻大賞を受賞。その後、抽象性を強めた彩色彫刻も試みながら様々な国際展に出品し、近年も1988年のヴェネチア・ビエンナーレ展に出品。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年)
カテゴリー:作家
レジェとは?【 作家名 】 1881年フランスに生まれる。1955年没する。1897年から98年にかけてフランスのカンで建築を学び、1900年から02年まで建築の製図工としてパリで働く。1903年から装飾美術学校とアカデミー・ジュリアンで学び、エコール・デ・ボザールにも出入りする。印象派、セザンヌとその興味の対象を変えながら、1910年からはキュビスムや未来派に刺激される。キュビスムのグループに加わり、1913年にはアメリカで行われたアーモリー・ショウに作品が展示される。第一次世界大戦中1914年から17年、従軍。そのときに見た、日光の下でまぶしく光る銃や剥き出しになった金属が放つ魔法のような輝きに強い印象を受ける。この視覚的な体験を基に、除隊後はそのような機械のイメージを作品に取り入れるようになる。また1920年代には人体にも興味をひかれ、機械と人体をモチーフにして制作。これは抽象につながる近代的な表現であったが、その源はフランスの古典主義におけるバランスのとれた構成にあると言われる。1924年には映画にも取り組み〈バレエ・メカニック〉を発表する。1940年から45年にかけてアメリカに亡命し、戦後パリに戻った。(「亡命者の奇跡 アメリカに渡った芸術家たち」図録 1993年) |
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