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悪の泉−『エスタンプ・オリジナル』誌第6号より



『悪の華』のために版刻された14図



アクパン



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ぱらでぃーの

ミンモ・パラディーノ

1948年イタリアに生まれる。1964年クレス・オルデンバーグやジム・ダインの作品に強い感銘をうけベネヴェントの美術学校に入学、68年まで学ぶ。1975年ごろから作品の発表をはじめ、幾り返し個展を開くほか、81年「ア・ニュー・スピリット・イン・ペインティング」(ロンドン)、「ヴェスト・クンスト」(ケルン)、82年「ドクメンタ7」(カッセル)、「ツァイトガイスト」(ケルン)などに出品する。1980年アキーレ・ボニト・オリーヴァの著書『イタリアのトランスアヴァンギャルディア』でクッキキアクレメンテとともにトランスアヴァンギャルディア(新表現主義)を代表する作家として紹介され、世界的に注目を浴びる。1970年代前半は主として神話的主題を取り上げた作品を制作したが、近年は強い歴史感覚に基づき様々なシンボルを平面的に配列することで、一種宗教的な雰囲気をもつ独自の絵画世界を創り出す。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年)


カテゴリー:作家
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ロースとは?【 作家名 】

12歳のとき、難聴になる。ライヒェンベルクの国立工芸学校の建築技術科、1890年から1893年、ドレスデンの工科大学で学ぶ。1893年から1896年、米国に滞在、1893年にはシカゴ万国博覧会を訪れる。H.サリヴァンと知り合う。1896年以降、ウィーンで建築家として働く。1897年以降多くの新聞雑誌の記事に、製品デザインと建築における、即物的な造形の基本理念を述べている。1898年、「ヴェル・サクルム」に、「ポチョムキン的な街」を発表する。1899年、質素で最新、機能的なデザインの最も初期の一例である、カフェ・ミュージアムの室内インテリアに携わる。同様に、彼が内装設計した「ケルントナー・バー」は、俗に「ロースバー」と呼ばれ、今日に至るまで大々的には変わることなく維持されている。彼の著述においては、装飾への彼自身の考え方に対しても、仲間たちに対してや名前の表記の仕方(彼は氏名を全て小文字で現す)に関しても、妥協を許されていない。1908年、講演「装飾と罪悪」では、彼の願望の一部分を現している。すなわち、合理化と余剰なもの−とりわけ装飾における−の放棄による、労働時間の短縮と、それによって得た自由な時間のことである。彼は幾何学的な装飾を、装飾の悪習と呼んでいる。1910年から1911年、ミヒャエーラープラッツにある邸宅の建築。これについては多く議論され、激しく拒絶されることになる。1912年から1914年、アドルフ・ロース建築学校が設立される。1921年、五十歳を祝して、仏で彼の著作物が蒐集された後、出版される。晩年、完全に耳が聞こえなくなり、1931年、重い神経症にかかる。自分の墓石の碑文には、「人類を無駄な労力から解放する・・・アドルフ・ロース」と刻むよう望んでいた。

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