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食前の祈り[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]



植物のシルエット



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



食物用かご



書斎のドンキホーテ



初秋


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むーあ

ヘンリー・ムーア

1898年イギリスに生まれる。1986年没する。1917年第1次世界大戦に従軍した後、リーズ美術学校からロンドンの王立美術学校に進む。1924年から39年まで王立美術学校で、32年から39年までチェルシー美術学校で彫刻を教える。1933年ハーバート・リードやニコルソン、ヘップワースらと前衛芸術グループ「ユニット・ワン」を創立して国際的活動を開始。1936年には、ロンドンでの「国際シュルレアリスム」展に参加。第2次世界大戦中は公式戦時芸術家に任命されロンドン地下鉄構内で〈防空壕シリーズ〉のデッサンを行なう。1948年第24回ヴェネチア・ビエンナーレ展国際彫刻大賞、53年第2回サンパウロ・ビエンナーレ展国際彫刻大賞受賞。1951年ロンドンのテート・ギャラリーでの大回顧展をはじめ世界各地で大規模な展覧会が開かれ、20世紀彫刻史の頂点に立つ作家の一人と目されている。半ば抽象化された形態にもかかわらず、自然の観察から得た力強い生命力の充実したヒューマニスティックな表現によって世界中の人々に親しまれている。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年)


カテゴリー:作家
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上村松園とは?【 作家名 】

松園は京都のひと。本名津禰。明治20年京都府画学校に入学し鈴木松年に師事するが、翌年退学して松年塾に入った。次いで幸野楳嶺に師事し、楳嶺の死後は竹内栖鳳の門に移る。画を学ぶ傍ら漢学や詩を学び、国内勧業博覧会などで早くから数々の賞を受賞した。明治40年の文展開設後は、文展帝展に格調高い美人画を出品し続け、内外の展覧会で受賞を重ねた。東京の池田蕉園、大阪の島成園らとともに閨秀の三園と称された。昭和19年帝室技芸院となり、美人画だけでなく、その香り高い精神性の女性表現によって昭和23年には女性最初の文化勲章を受章している。(「京都の日本画−京都画壇の俊英達−」図録 2001年)

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