ぐるぐるアートワード
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アペル



阿房宮図



アマタシャ



雨田光平



網打つ人 - II



編革ひもシートのインスブルック・ローデルそり



編物をする羊飼いの女(羊飼いの女、大)



アムステルダム国立博物館1







雨のために



アメリカセイ



アメリカの風景



荒井寛方



洗い髪



荒川修作



荒木寛畝



荒木十畝



荒木高子



荒木珠奈






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しゅみっと ろっとるふ

カール・シュミット=ロットルフ

1884年ドイツのケムニッツ近郊ロットルフ村に生まれる。1976年ベルリンで没する。出生地の地名を名乗る。ドレスデン工科大学建築科に在学中の1905年、同学のヘッケルエルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーらと芸術集団ブリュッケ(橋派)を結成、表現主義運動の端緒をつくる。1910年ブリュッケの展覧会に出品する一方、ベルリンの新分離派展に参加する。翌年ベルリンに移り、雑誌『シュトゥルム』の仕事に従事する。1931年プロシア・アカデミーの会員に任命されるが、33年ナチスによって追放され第二次大戦中はナチスの監視下におかれ全面的に制作が禁止される。戦後は1946年ベルリンの美術アカデミー教授となり、後進の指導にあたる。はじめファン・ゴッホ、次いでキルヒナーの影響をうけ、黒人彫刻やキュビズムからも影響をうける。抑えた色彩と落ち着いた色彩で知られ、ドイツ表現主義を代表する作家の一人。


カテゴリー:作家
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森田恒友とは?【 作家名 】

1881年埼玉県に生まれる。上京して小山正太郎の不同舎に入門。東京美術学校西洋画科にすすみ、卒業後進学していた研究科を1907年(明治40)やめ、石井柏亭山本鼎らと同人雑誌「方才」を創刊する。また詩人北原白秋らとパンの会を起こす。同年開設された文展に入選。その後一時、秋田や大阪で教員や新聞社に就職するが再上京し、1914年(大正3)渡欧する。帰国後は、セザンヌドーミエ、またキュビスムに影響された作品を発表する。翌年、二科会の会員になる一方、院展洋画部に出品し、翌年同人に推挙される。また同年、小川芋銭川端龍子、小川千甕らとともに日本画家の団体珊瑚会を結成。しだいに水墨画家の活動もはじめる。1917年、院展に専念するため二科会を退会。1920年には院展同人とともに日本美術院を脱退、1922年春陽会を結成し、以後ここを中心に活動する。1932年(昭和7)食道癌のため入院し、翌年逝去。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)

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