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せんすとれむ ペッテル・センストレム
1945年スウェーデンに生まれる。父は高名な小説家。1972−76年ストックホルム王立美術アカデミーに学ぶ。その後漁師、樵夫の仕事につく。1981年ポンピドゥー・センターでの展覧会、83−86年ストックホルム、マルメ、パリでの個展などスウェーデン内外の多くの展覧会に出品。強烈な色彩と原初的形態を持つ作品は、アフリカ、中南米、西インド諸島の社会的政治的事象から着想を得ており、常に厳しいメッセージ性を帯びる。現在ストックホルムに在住。(「自然と人間の対話 スウェーデン現代美術展」図録 1991年)
カテゴリー:作家
鹿子木孟郎とは?【 作家名 】 1874年岡山県に生まれる。1888年岡山高等小学校を卒業、松原三五郎の天彩画塾に学ぶ。1892年上京して小山正太郎の不同舎に学ぶ。1900年渡米、翌年イギリスを経てパリに留学。ジャン・ポール・ローランスに師事する。1903年ベルギー、スイス、イタリアを巡歴。翌年帰国、京都高等工芸学校講師となる。また太平洋画会に参加し多くの作品を発表。1905年浅井忠らと関西美術院を設立。翌年再び渡仏、サロンに入選。文展審査員に選ばれ、第7回文展まで審査員をつとめる。1916年渡仏、1918年帰国し京都に下鴨画塾を開設。1924年帝国審査員となり以後歴任。1932年仏政府より勲章を受ける。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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