![]() |
|||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||
|
ふらながん バリー・フラナガン
1941年イギリスに生まれる。バーミンガム美術工芸学校に学び、1954年からはロンドンのセント・マーチン美術学校でフィリップ・キングの教えを受ける。1965年グループHに参加。1966年セント・マーチン美術学校を優等で卒業。最初の個展をロンドンのロワン・ギャラリーで開く。1967年から71年までロンドンのセント・マーチン美術学校及びセントラル美術学校で教える。1970年第10回日本国際美術展(人間と物質)のために初来日。セント・マーチン美術学校で最初のエッチングを制作。1979年最初の「跳ねる野兎」を鋳造。1982年ヴェネチア・ビエンナーレのイギリス代表に選ばれる。カッセルの「ドクメンタ7」に出品。1983年テート・ギャラリーに多くの版画を寄贈し、これにより版画コレクションの全作品が揃う。ニューヨークのペース・ギャラリーで初の個展を開催。1985年フジテレビギャラリーでの個展のために来日。現在、ロンドンとスペインのイビサに在住、制作を行っている。
カテゴリー:作家
アルプとは?【 作家名 】 1886年フランスに生まれる。1966年に没する(オランダ、バーゼル)。ワイマール美術学校、パリのアカデミー・ジュリアンに学ぶ。1912年ブラウエ・ライター、翌年シュトゥルムの活動に関わり、16年からはダダの中心的人物として活躍する。1925年にはシュルレアリスムの運動に参加。また1930年にはセルクル・エ・カレ、翌年に「抽象・創造」と、抽象美術の活動にも参加、ダダと抽象美術にまたがる幅広い活動を展開した。絵画の他にも、コラージュ、彩色レリーフ、ちぎり絵のコラージュ(ハピエ・デシレ)、彫刻等を手掛け、更に詩人としても活躍する。1954年ベネチア・ビエンナーレ展で国際彫刻大賞、63年フランス芸術大賞を受賞。1965年ロカルノ名誉市民となる。1958年ニューヨーク近代美術館、62年にポンピドゥ・センターで大回顧展が開催された。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年) |
||