ポーランド、クラクフに生まれる。同地の美術
アカデミーで学んだ後、1910年パリに出てモンマルトルに住み、
エコール・ド・パリの代表的作家となる。モディリアニ、
シャガール、
スーチン、
ピカソ、
ブラックや、詩人マックス・ジャコブらと親しく交わる。第一次世界大戦では、外人部隊に志願するが、重傷を負い、兵役を解かれてスペインで療養する。1916年フランス国籍を得る。キュビスムからも影響を受けるが、
ドランからの影響が最も大きい。第二次世界大戦の際アメリカに亡命するが1946年フランスに戻る。肖像や裸婦、静物(特に花)などを多く描いたが、特に異国的情緒の漂う裸婦が有名である。(「パリ・日本・メキシコ 埼玉県立近代美術館所蔵作品による」図録 1992年)