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げるす ライナー・ゲルス
1960年 ノイシュトレリッツ(旧東ドイツ)に生まれる。1976-82年 コック、舞台技術者、電気技師、郵便局員などさまざまな職を経験。1982-89年 ドレースデン造形芸術大学に学ぶ。1986-90年 ミヒャ・ブレンデル、エルゼ・ガーブリエール、フォルカー(ヴィア)レヴァンドフスキーと芸術の共同制作(1987から《オート・パーフォレーション・アーティスト》)。1992年 アメリカ合衆国に留学、中央アメリカ芸術連盟奨学金授与。1996年現在、ベルリン在住。
カテゴリー:作家
ブラックモンとは?【 作家名 】 パリに生まれたブラックモンは、日本美術の影響を受けた最初の西欧の芸術家と考えられている。鳥と花が描かれた版画の劇的な構図の効果や、ルソーの食器セット(1866年)のデザインに、ジャポニスムの影響が現れており、おおむね北斎の絵本類から着想を得たものである。ジャングラール協会という日本美術の研究を唱道する芸術家、批評家の集団の創立メンバーとして1860年代半ば頃、毎月会合を開き、フィリップ・ビュルティ、ザカリ・アストリュック、アンリ・ファンタン=ラトゥール、ジュール・ジャックマール、M・L・ソロン、アルフォンス・イルシュらと日本美術について語りあった。1874年に日本の多色刷木版画を真似た最初の多色刷エッチングを制作した。多くの画家や版画家との交友を通して日本美術の喧に努め、テオドール・ルソー、オーギュスト・ルペール、アルベール・ベナールら多くの画家にエッチングを教えた。1889年、アンリ・ゲラールやフィリップ・ビュルティと共に画家=版画家協会年次展覧会創立に貢献した。(P.F.)(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録) |
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