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「シュルレアリスム 彫刻・オブジェ・絵画・デッサン」展 ピエール・コル画廊



「シュルレアリスム」展 アテネオ・デ・サンタ・クルス・デ・テネリフェ



「シュルレアリスム絵画」展 ピエール画廊



シュルレアリスム革命 1-12号



シュルレアリスム国際展のマネキン人形 マン・レイ作



シュレンマー



春秋(双幅のうち「春」)



春秋(双幅のうち「秋」)



シューブラク



シュールマン



蕉陰煮茶図



障害児用おもちゃの自動車「バイオカー」“ロロ”と“ソロ”



邵氏観梅図



少女の顔



「肖像画・デッサン・宝石展」サル・デ・ザール



象徴主義



聖徳太子孝養立像



「少年の魔法の角笛」/(『ゲルラッハ・ユーゲントビューヒェライ』第4号)



初夏渡航



書簡 今泉氏宛


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 作家(1701)

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ぶろいやー

マルセル・ブロイヤー

1902年、ハンガリーに生まれる。1920年から24年にかけてヴァイマルのバウハウスに学ぶ。1925年から28年にかけてデッサウのバウハウスで家具工房の親方として働く。1925年には、最初のスチール・パイプの椅子を作る。また1927年には、ベルリンのピスカトール邸を設計する。グロピウスが校長を辞任した1928年にバウハウスを辞し、ベルリンで設計の仕事をする。一方でスペイン、スイス、モロッコ、ハンガリー、ギリシャなどを旅する。ナチスから逃れて1935年にイギリスへ亡命、37年にはハーバード大学より招かれ、アメリカに亡命し、46年まで在籍。1938年から41年にかけて、グロピウスと共に事務所を開く。戦後、1946年にはニューヨークに事務所を開き、56年にはマルセル・ブロイヤー・アソシエーツを設立、またパリにも事務所を開く。ホイットニー美術館、パリのユネスコ本部など数多くの設計を手掛ける。1972年から75年にかけて回顧展が開かれ、メトロポリタン美術館を中心に巡回する。1938年から41年のグロピウスとの協力は、ヨーロッパのモダン・デザインをアメリカに広く伝えた。(「亡命者の奇跡 アメリカに渡った芸術家たち」図録 1993年)


カテゴリー:作家
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ブーシェとは?【 作家名 】

18世紀フランスのロココ絵画を代表する画家。20歳でアカデミーの大賞を獲得。その後イタリアに遊学。ここでベネチアの絵画に深い感銘を受ける。帰国後、アカデミー会員となる。後に会長に就任し、ヴェルサイユにおいては、ルイ15世の主席宮廷画家となって、ポンパドゥール夫人の絵画教師もつとめた。彼の芸術活動は実に幅広く、ヴェルサイユ宮の装飾、タピスリーやセーヴル陶磁器のデザインのほか、オペラ座の舞台デザインをも手がけた。絵画においては永遠の女性ヴィーナス礼賛こそ彼の一生を賭けたモチーフであった。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)

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