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う゛ぃっく じゃんてぃ ヴィック・ジャンティ
1919年フランス人の父とベルギー人の母との間に、イギリスで生まれる。その後、アントワープに移住する。1934年から38年にかけて美術アカデミーに、1940年から42年にはアントワープの国立美術研究所に学んだ。1943年から50年頃まで、表現主義、ネオ・シュルレアリスムの時代。1947年、「若きアントワープ絵画」展に参加する。1954年オブジェをはじめる。1958年G58のメンバーになる。1960年アントワープで新フランドル派を結成する。1961年ゲント「フォーラム61」に参加、63年東京ビエンナーレに「音と色のメロディー」連作5点を出品、64年ヴェネチア・ビエンナーレ、カッセル・ドクメンタ3に参加する。1966年ニューヨークで初個展をボニーノ画廊で開く。1969年ジロン賞を受賞。1970年大阪万博ベルギー館に出品。1971年デューラー生誕500年の展覧会のための作品を制作する。1974年アントワープ王立美術館で個展。1975年ブリュッセルのティフェリー駅の装飾を手掛ける。1977年ルーベンスの記念年の展覧会のための作品を、87年ルーヴェンのカトリック大学のためのモニュメントを制作。(「ベルギー現代美術展」図録 1994年)
カテゴリー:作家
ルネサンスとは?【 美術用語 】 15〜16世紀のヨーロッパの美術史上の様式と時期区分。とくにイタリア美術史上でいう。「ルネサンス」という言葉は、もともと、ヴァザーリが著書『美術家列伝』(1550年初版)の中で初めて用いた美術の“復活”=イタリア語でリナシータに由来し、それが1840年頃にルネサンスとフランス語に訳され用いられている。ヴァザーリは、およそ13世紀後半以降のイタリアの美術家の中にローマ帝国とともに没落していた美術の復活を認め、時代区分としてルネサンスとしたが、これは同時に古代との間に中世の概念を設定したものであった。今日通説の画期としては、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂円蓋起工の1420年より1500年までを初期、1500年〜1520−30年を盛期としている。初期にはフィレンツェ、盛期にはローマが中心となっている。自然と古代とを柱とする人文主義的造形活動を特色とし、美術理論が追求され、また美術作品の世俗化も行われ、メディチ家などの地方君主による美術の流派が形成された時代である。 |
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