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ろーる だーず ロール・ダーズ
1921年、グラモンに生まれる。1932年アルストのアカデミーでデッサンとモデリングを学ぶ。1935年学校を卒業し、鉄工所に就職。1938年から42年にかけて、ブリュッセルのカンブル建築視覚芸術学校に学ぶ。1949年最初の個展を開く。1954年「若きベルギー彫刻」賞受賞。1955年アレシンスキーらと「タプテ」美術センターを設立。ミッデルハイムビエンナーレに出品。1957年蝋型法の技術を取り入れる。1958年パレ・デ・ボザールで個展。ヴェネチア・ビエンナーレ参加。1958年から59年、ベルギー批評家賞。1959年カッセル・ドクメンタ2に参加。1960年ピカール賞を受賞。1976年ロベール・ジロン賞を受賞。1977年カッセル・ドクメンタ6に参加。1981年ゲント大学から名誉博士号を贈られる。1985年ヘルマン・デボー駅の地下鉄の装飾を受け持つ。1986年シャトー・ドゥ・タンレイ現代美術センターで「アンソール・ダーズ」展が開催される。(「ベルギー現代美術展」図録 1994年)
カテゴリー:作家
戸張孤雁とは?【 作家名 】 1882年東京に生まれる。1901年洋画研究のため渡米し、06年に帰国する。1910年太平洋画会研究所彫塑部に入門し、同年第4回文展に「をなご」を出品する。1916年再興第3回院展に「ムスメ」「若き男の像」他を出品する。1917年には日本美術院同人となる。1927年東京で死去。アメリカで苦学をしながら、洋画、デッサンを学んでいた戸張は、ニューヨークのナショナル・アカデミーで荻原守衛と知り合ったことで、彫刻家への道を進むことになる。ロダンの作品からも多大な影響を受け、生命感にあふれた大胆なデフォルマシォンを特徴とする象徴性の高い作品を制作した。また版画家としても活躍し、1919年には山本鼎、織田一磨らと日本創作版画協会を創立し、「創作版画と版画のつくり方」を刊行した。(「日本近代彫刻の一世紀 写実表現から立体造形へ」図録 1991年) |
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