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原勝郎



原菊太郎



原健



原丹橋



原鵬雲







ハルス



ハルトフ



春日蜿々(白梅)



ハロルドジェニングス



版画集『大鴉』『大鴉』表紙



版画集『大鴉』胸像の上の大鴉−「パラスの像へと降り立った……」



版画集『大鴉』飛翔する大鴉:書票



版画集『大鴉』窓辺にて−「ここに私は鎧戸を開け放った……」



版画集『大鴉』椅子−「床の上に漂いつつ横たわるその影……」



版画集『大鴉』ランプの下で−「嘗て物寂しい真夜中に……」



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉1. フィリポ 邊梨保の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉10. タダイ 多駄伊の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉11. ヤコブ 也胡武の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉12. シモン 指聞の柵


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 作家(1701)

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ろーる だーず

ロール・ダーズ

1921年、グラモンに生まれる。1932年アルストのアカデミーでデッサンとモデリングを学ぶ。1935年学校を卒業し、鉄工所に就職。1938年から42年にかけて、ブリュッセルのカンブル建築視覚芸術学校に学ぶ。1949年最初の個展を開く。1954年「若きベルギー彫刻」賞受賞。1955年アレシンスキーらと「タプテ」美術センターを設立。ミッデルハイムビエンナーレに出品。1957年蝋型法の技術を取り入れる。1958年パレ・デ・ボザールで個展。ヴェネチア・ビエンナーレ参加。1958年から59年、ベルギー批評家賞。1959年カッセル・ドクメンタ2に参加。1960年ピカール賞を受賞。1976年ロベール・ジロン賞を受賞。1977年カッセル・ドクメンタ6に参加。1981年ゲント大学から名誉博士号を贈られる。1985年ヘルマン・デボー駅の地下鉄の装飾を受け持つ。1986年シャトー・ドゥ・タンレイ現代美術センターで「アンソール・ダーズ」展が開催される。(「ベルギー現代美術展」図録 1994年)


カテゴリー:作家
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浅井忠とは?【 作家名 】

東京都に生まれる。1863年父の死去のため家督を相続し佐倉に帰郷。翌年佐倉藩の絵氏黒沼槐山に花鳥画を学ぶ。1873年上京し、箕作塾で英学を学び、1876年国沢新九郎の彰技堂に入門。初めて西洋画の初歩を学び、工部美術学校に入学してフォンタージに師事する。1878年フォンタネージの帰国後、後任のフェレッティを不満として美術学校を退学。1899年明治美術界を創立。1898年東京美術学校教授となる。1900年渡仏し、パリ近郊のグレーなどに滞在。1902年パリを立ち、イタリア、ドイツ、イギリスを巡歴して帰国。東京美術学校を辞し、京都工芸学校教授に就任して京都に移る。1903年自宅に聖護院洋画研究所を創設。1906年関西美術院を開設し、初代院長となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年)

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