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ふぁん せう゛ぇれん ダン・ファン・セヴェレン
1927年、ロケレンに生まれる。1941年から48年、ゲントの聖ルカ研究所に、51年から54年、アントワープ国立研究所に学ぶ。1954年頃より十字、四角形などをテーマとする。1956年「若きベルギー絵画」賞を受賞。1957年ギャラリー・アクセントで初の個展。1958年G58の創立に参加。1959年第1回パリ青年ビエンナーレに参加、67年サンパウロ・ビエンナーレに参加、68年にカッセル・ドクメンタ4に参加する。1970年ヴェネチア・ビエンナーレに参加。この頃、油彩を放棄し、テンペラに向かう。ケルンで個展を開催する。1976年アムステルダムで個展。1974年ブリュッセル、パレ・デ・ボザールで回顧展。1979年、S65画廊から詩と版画による本を出版。1982年ゲント、エインドホーフェン、アムステルダムで回顧展。1989年山口、ギャラリー・シマダで個展。(「ベルギー現代美術展」図録 1994年)
カテゴリー:作家
山本鼎とは?【 作家名 】 1882年愛知県に生まれる。1906年東京美術学校西洋画科選科を卒業し、翌年石井柏亭、小林未星らと雑誌『方寸』を創刊する。1912年渡欧、1916年帰国、翌年日本美術院洋画部同人となる。1918年戸張孤雁と日本創作版画協会を創立して創作版画の発展につくし、翌年長野県小県郡神川村に日本農民美術研究所を設立。また自由画運動を推進するなど多方面に功積を残した。1920年日本美術院を脱退、翌年自由学園美術部教授となる。1922年春陽会創立に参加して会員となったが、1935年帝国美術院参与に推されて春陽会を脱会するが、1943年春陽会に復帰。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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