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らうる どぅけいざー ラウル・ドゥケイザー
1930年デインゼに生まれる。デインゼ国立アカデミーに学ぶ。1965年ギャラリー・ドリーで初の個展。1966年ロジェ・ラヴェールらとゲント郊外のビールベルデ城の壁画を制作。1967年「若きベルギー絵画」賞を受賞。1969年オステンドの絵画ヨーロッパ賞を受賞。1969年から70年、ベルギー美術批評賞を受賞する。1970年にはアントワープ王立美術館で個展を開催。1971年、サンパウロ・ビエンナーレに参加。1979年から80年、エドヘムのアカデミーの壁画のデッサンを手掛ける。1973年ハッセルトで回顧展。1974年オランダ、エイントホーフェンで回顧展。1978年、ゲント現代美術館で個展。1980年アントワープ、国際文化センターで個展。1986年ブリュッセル、パレ・デ・ボザールで個展。1988年ブリュッセルで地下鉄の駅の装飾を手掛ける。1993年、「1980年以降のベルギー美術」展に出品。(「ベルギー現代美術展」図録 1994年)
カテゴリー:作家
山本鼎とは?【 作家名 】 1882年愛知県に生まれる。1906年東京美術学校西洋画科選科を卒業し、翌年石井柏亭、小林未星らと雑誌『方寸』を創刊する。1912年渡欧、1916年帰国、翌年日本美術院洋画部同人となる。1918年戸張孤雁と日本創作版画協会を創立して創作版画の発展につくし、翌年長野県小県郡神川村に日本農民美術研究所を設立。また自由画運動を推進するなど多方面に功積を残した。1920年日本美術院を脱退、翌年自由学園美術部教授となる。1922年春陽会創立に参加して会員となったが、1935年帝国美術院参与に推されて春陽会を脱会するが、1943年春陽会に復帰。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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