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こぺるす レオ・コペルス
1947年ゲントに生まれる。ゲントの聖ルカ研究所モニュメント芸術科および、ゲント王立美術アカデミーに学ぶ。1966年から69年ゲント、ニュー・ロココグループでデビューする。1970年ギャラリー・カテリーヌ・ボーカルトで個展。1971年ブリュージュ、ベルフォートハーレン・トリエンナーレに出品。1972年「若きベルギー絵画」賞を受賞。1973年パリ・ビエンナーレに参加、77年第8回国際ビデオフェスティバルに出品、79年ゲント現代美術館で個展。1980年国際芸術センターで個展。1981年ブリュッセル、パレ・デ・ボザールで個展。1982年アンドレ・マルロー美術館「1945年以降のベルギー美術」展に出品。1983年ゲント現代美術館で個展。1986年ゲント現代美術館、イニシァティフ86に出品。1987年サンパウロ・ビエンナーレに参加。1989年ニューヨーク、ジャック・シャインマン・ギャラリーおよびパリ、イジィ・ブラショ・ギャラリーで個展。1990年アントワープ現代美術館で個展。1993年「1980年以降のベルギー美術」展に出品。ハッセルトで「ダークミュージアム」展開催。(「ベルギー現代美術展」図録 1994年)
カテゴリー:作家
ダダとは?【 美術用語 】 第一次大戦中、ヨーロッパおよびアメリカに起った運動。1916年、チューリヒのキャバレ・ヴォルテールで、トリスタン・ツァラ、ジャン・アルプらが、辞典の一頁から偶然に拾った言葉「ダダ」を用いた。大戦の不安のなかで、合理主義文明とその社会体制を否定し、破壊しようという運動で、おびただしいデモンストレーションとスキャンダルを通じて「なにも意味しない」虚無のダダを唱えた。この否定の精神は、ドイツではヒュルゼンベック、グロスらにより政治的色彩を濃くした。またニューヨークでマルセル・デュシャン、ピカビアらが写真のコラージュや、レティ・メイドのオブジェを使った時期をニューヨーク・ダダと呼ぶが、デュシャンの芸術そのものへの否定精神(反芸術)は、第二次大戦後の若い作家に受け継がれた。さらに1919年にケルンでエルンスト、アルプらが起したダダ運動は、偶然性や意識下の世界を通じて、のちにシュルレアリスムや抽象表現主義への道をひらいた。 |
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