ぐるぐるアートワード
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ぐるぐるもくじ


白い日



「白地に黒」



「新−観念論」



新印象主義



深淵河童乱舞図



新海竹蔵



新海竹太郎



新古典主義



深山湖情 I



深山湖情 II



深山秋色図



深秋



新造形主義



死んだ人がわたしを産んでくれた(昭和40年7月27日母死す)



死んだ人がわたしを産んでくれた(昭和40年7月27日母死す)



シンデレラ(宮廷舞踏会)



侵入者



真の円形シャワー



新聞「ル・プティ・ドーフィノワ」



シンプソン


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ふりーとまん おってん,(みち;まりえ・ろざりえ)

ミッツィ・フリートマン=オッテン(ミチ または マリエ・ロザリエ)

1884年ウィーンで生まれる。女性美術学校とウィーン工芸学校に在学。0.シュトルナートに師事。コマーシャル・グラフィック(ポスター、蔵書票、印刷物、レターヘッドなど)やジュエリー、日用品の金属製品、ファッション・デザインを手掛ける。「クンストシャウ」(1908年)、「オーストリア工芸展」(1911年)、「モード展」(1915年)、「クンストシャウ」(1920年)、「ドイツ女性芸術展」(1925年)、「工作連盟展」(1930年)参加。新芸術集団、オーストリア工作連盟、ウィーン女性芸術協会の会員。ウィーン工房のために、ポストカード、ジュエリー、七宝、テキスタイル等のデザインをする。(「ホフマンウィーン工房展」図録 1996年)


カテゴリー:作家
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三宅克己とは?【 作家名 】

1874年徳島県に生まれ、1954年に没した。旧徳島藩江戸留守居役だった父が、蜂須賀家の養育係となったため、6歳のとき家族で東京に移住。近所には、洋画家・高橋由一の画塾があり、絵に関心をもつようになったと言われている。大野(曽山)幸彦、原田直次郎に洋画を学ぶが、来日中のイギリス人画家ジョン・ヴァーリー(バーレイ)の水彩画に感動し、水彩画家を目指すようになった。1897年、アメリカに渡り、一時イェール大学付属美術学校でも学んでいる。翌年ロンドンに移り、フランスやベルギーを経て帰国。その後、日本各地はもちろん、ヨーロッパ、アメリカ、中国へたびたび出かけ、風景画を描き続けた。1899年白馬会会員。同会の解散後は、光風会の創立に参加。1907年に文展(文部省美術展覧会)が開設されると、第一回展から出品し、以後、文展帝展(帝国美術院美術展覧会)、新文展、戦後の日展で活躍。1915年の文展で2等賞(最高賞)を受賞。翌年から無鑑査となり、帝展、新文展では審査員もつとめた。水彩画を独立した洋画の一分野ととらえ、透明水彩の繊細な表現を追求するとともに、水彩画に関する著書を多数刊行するなど、水彩画の普及に尽力した。昭和初期には、写真に関する啓蒙書も執筆。晩年の1951年、日本芸術院恩賜賞を受賞している。

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徳島県立近代美術館2006