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がどぅー クロード・ガドゥー
ガドの名で知られるこの広告と新聞のデザイナーは、すでに種々のもの(特にビロード、厚紙、木、切り抜いて金メッキし、革に張りつけた金属、厚紙で裏打ちした絵などでできた商品ラベル)でよく知られていた。一般にD.D.と呼ばれる靴下・ストッキング製造のドレ・ドレ社の企業イメージを一新する仕事によって有名になった。1933年、有名な小さな水兵のD.D.社のシンボル・マークを創った。60年までD.D.社の仕事をし、Dの文字のヴァリエーションを徹底的にデザインし、それを当の画面の中心要素とした。彼はこの手法を第12回ディジョン料理見本市のポスター(1932年)のFの形をしたコックに用いている。彼は1929年から38年の間に22点の小さなポスターを制作している。その他、新聞や雑誌に漫画も描いた。(「黄金時代のポスター芸術」図録 1998年)
カテゴリー:作家
レイとは?【 作家名 】 1890年アメリカに生まれる。1976年没する。1913年「アーモリー・ショウ」で、ヨーロッパの近代と同時代の美術を知り、特にキュビスムに興味を引かれる。1915年デュシャンと出会い、ニューヨーク・ダダの中心人物となる。同年、絵画の初個展を開く。1918年写真に彩色した作品を作る。1921年パリに渡り、シュルレアリスト達との交流が始まる。1922年カメラを使わない写真「フォトグラム」を制作、彼流にそれを「レイヨグラフ」と呼ぶ。1929年過度の露光によりポジとネガが部分的に反転する現象を利用した「ソラリゼーション」を発見。また映画作りにも参加する。1936年ロンドンの「シュルレアリスム国際展」、ニューヨークの「幻想芸術、ダダ、シュルレアリスム展」に出品。1940年、第2次世界大戦をきっかけにカリフォルニアへ移る。1951年パリに戻る。1961年ベネチア・ビエンナーレ金賞を受賞。1962年、パリ国立図書館、66年ロサンゼルス・カウンティ美術館で回顧展。写真とシュルレアリスムを統合し、多くのメディアで現代美術に貢献した。 |
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