![]() |
|||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||
|
がどぅー クロード・ガドゥー
ガドの名で知られるこの広告と新聞のデザイナーは、すでに種々のもの(特にビロード、厚紙、木、切り抜いて金メッキし、革に張りつけた金属、厚紙で裏打ちした絵などでできた商品ラベル)でよく知られていた。一般にD.D.と呼ばれる靴下・ストッキング製造のドレ・ドレ社の企業イメージを一新する仕事によって有名になった。1933年、有名な小さな水兵のD.D.社のシンボル・マークを創った。60年までD.D.社の仕事をし、Dの文字のヴァリエーションを徹底的にデザインし、それを当の画面の中心要素とした。彼はこの手法を第12回ディジョン料理見本市のポスター(1932年)のFの形をしたコックに用いている。彼は1929年から38年の間に22点の小さなポスターを制作している。その他、新聞や雑誌に漫画も描いた。(「黄金時代のポスター芸術」図録 1998年)
カテゴリー:作家
未来派とは?【 美術用語 】 20世紀初頭、イタリアを中心に興った芸術運動。1909年2月20日、詩人マリネッティがパリの日刊紙『フィガロ』紙上に最初の「未来派宣言」を発表し、10年3月8日ボッチョーニ、カルラ、ルッソロ、バルラ、セヴェリーニがトリノの劇場で観衆を前にイタリアで最初の未来派運動宣言を行なった。新時代はそれにふさわしい生活様式と表現を必要とするとし、いっさいの過去を精算して速度とダイナミックな力の渦巻く機械文明の感覚を力強く表現することを主張した。造型の観点からは、対象の物質性を破壊してキュビズムから得た同時代性の思想を画面に定着し、運動の表現に新たな道を開いた点が注目される。運動としては1915年頃までで終ったが、ダダをはじめ20世紀芸術の諸運動に与えた影響は少なくない。印刷物を通じた幅広い広報活動をおこない、大正10年代の日本の美術・文学にも多くの影響を与えた。 |
||