![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
ざう゛じぇる シュチェパーン・ザヴジェル
出身地:チェコ、プラハ。出身校:プラハ・アニメーション映画アカデミー(チェコ)ローマ美術アカデミー(イタリア)ミュンヘン美術アカデミー(ドイツ)。専攻:絵本、アニメーション映画、絵画、舞台装飾。絵本のイラストレーションにおける技法:アクリル絵具、水彩。絵本以外の創作活動:アニメーション映画、映画、絵画、舞台美術、ポスター。没年:1999年(イタリア、ルガロ・ディ・サルヴィエド)。(「国境を越える子どものためのアート 東欧絵本の世界展」図録 1999年)
カテゴリー:作家
北野恒富とは?【 作家名 】 金沢市に生まれる。本名富太郎。明治25年(1892)版下業の西田助太郎に彫版を学ぶ。明治30年北国新報社の彫刻部に勧めるが、退社して大阪に出る。翌年月岡芳年の弟子で日本画家の稲田年恒に師事し、浮世絵を学ぶ。その後梶田半古から新しい風俗画を学ぶ。明治34年大阪新報社に入社して挿し絵を描くが、明治44年第5回文展で3等賞を受賞する。大正元年(1912)大正美術会を設立。大正3年日本美術院再興とともに院展に出品、翌年大阪美術会を設立。大正6年日本美術院同人となる。美人画が得意で門下に中村貞以がいる。写生を基礎として恒富の美人画風俗画は、平明な親しさと余韻を持つ。(「東四国阿波讃岐風景画展」図録 1993年) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||