ぐるぐるアートワード
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アッベマ



吾妻兼治郎



アデイェミ



アデイェミ



アトランタ1945+50



アトランタ1945+50



アトリエ前の庭



アドゴ



アドラー



アナツイ



アナパ



アバカノヴィッチ



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アフォラビ



アフリカセイ



アブウー



アブストラクション・クレアション



アブドゥラマーヌ



阿部展也



アベールディス


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ぐろびうす

ヴァルター・グロピウス

1883年、ベルリンに生まれる。1903年、ミュンヘンエ科大学で建築を学び始める。1905−07年、ベルリンエ科大学で建築を学ぶ。1908−10年、ベルリンのペーター・ベーレンスの事務所で助手を務める。1910年、ベルリンに設計事務所を開設。1911年、ドイツエ作連盟の会員となる。1912年、ドイツ建築家連盟の会員となる。1919年、ワイマールのザクセン大公立工芸大学と同美術大学の学長に任命され、学校名を「ワイマール国立バウハウス」と改称する。1921−25年、家具工房の形態マイスターを務める。1925年、ワイマール・バウハウス閉鎖後、移転先のデッサウで新たな校舎とマイスターハウス(教員住宅)を設計する。1928年、バウハウスの校長を辞し、ベルリンに建築事務所を開設する。1937年、ハーヴァード大学大学院建築学科教授となる。1938年、ニューヨーク近代美術館主催「バウハウス1919−1928」展を企画する。1938−41年、ブロイヤーと共同で建築事務所(マサチューセッツ州ケンブリッジ)を経営する。1964−65年、ダルムシュタットにバウハウス・アルヒーフを設計する(後ベルリンに移転)。1969年、ボストンで死去。(「バウハウス展−ガラスのユートピア」図録 2000年)


カテゴリー:作家
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ドガとは?【 作家名 】

1834年パリに生まれる。エコール・デ・ボザールで古典的な絵画を学び、初期は伝統的な主題の作品を描くが、70年代から印象派展に参加、また競馬、踊り子、浴女などの日常的な題材を多く描くようになる。動きを瞬間的にとらえる卓越したデッサン力と、独創的な構図を特徴とする。パステルや版画にも力を発揮し、彫刻にも見るものが多い。

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徳島県立近代美術館2006