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こんぜみゅらー ルート・コンゼミュラー
1904年、ポーランドのリサに生まれる。1924−28年、ワイマール・バウハウスに在学し、モホリ=ナギの予備課程、クレーとカンディンスキーの授業を受ける。後に織物工房でも学び、ヘレーネ・ベルナー、デッサウではグンタ・シュテルツルの指導を受ける。1928−29年、ケーニヒスベルクの織物工房で技芸全般を指導する。1930年、バウハウスの学士号を得る。1986年、ケルンで死去。(「バウハウス展−ガラスのユートピア」図録 2000年)
カテゴリー:作家
マレーヴィッチとは?【 作家名 】 1878年、キーエフ近郊に生まれる。キーエフ・モスクワで絵を学び、ラリオノフに認められてグループ活動に参加。1913年、最初のシュプレマティズムの絵画を描いた。以後シュプレマティズムのを推進し、1918年、「白の上の白」の連作に達した。1919−22年、ヴィテブスク美術学校の教授となり、絵画をやめ、同校をバウハウス的なシステムに改革、教育活動に専念する。1927年、ベルリン美術展で特別陳列され、翌28年バウハウスから「非対象の世界」を刊行。モスクワのみならず、ヨーロッパの美術界に大きな影響を及ぼした。1835年、レニングラードで死去。 |
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