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まるくす ゲルハルト・マルクス
1889年、ベルリンに生まれる。1908−12年、ベルリンの芸術家リヒャルト・シャイデに絵画を学ぶ。1919−25年、バウハウスのマイスターとして指導にあたる。20年からはドルンブルク陶器工房の形態マイスターとして活動。1925−33年、バウハウスを去り、ハレ郊外ブルク・ギービッヒェンシュタイン工芸学校で彫刻を指導する。30年からは校長になる。1937年、ベルリンに戻るが、作品発表が禁止される。1946年、ハンブルク州立芸術学校教授となる。1950年、ケルンに住み、54年にノルトライン=ヴェストファーレン芸術大賞を受賞。以後各地で回顧展が開催されるようになる。1981年、ブルクブロールで死去。(「バウハウス展−ガラスのユートピア」図録 2000年)
カテゴリー:作家
与謝蕪村とは?【 作家名 】 現在の大阪市に生まれる。江戸中期の俳人であり、画家。姓は谷口から与謝に改めた。蕪村は俳号で、画号は初め子漢。晩年に謝寅(しゃいん)とした。二十歳頃、俳諧を志し、江戸に下って早野巴人(はじん)に入門。巴人の没後、いまの茨城県など関東や東北を巡歴し、一七五一年(宝暦元年)、京都に居を結ぶ。丹後(現在の京都府)の宮津での滞在を挟み、以後は京都を拠点に活動した。絵画の面では、明清絵画のさまざまな画法を学び、南画の画法を吸収することで、自己の表現をつくりあげた。池大雅(たいが)とともに日本南画の大成者とされている。 |
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