ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


中川紀元



中沢弘光



仲田定之助



中西利雄



中西學



中野和高



中野嘉之



中原竹鳳



中原悌二郎



中林■



中林忠良



中村岳陵



中村大三郎



中村宏



中村正義



中本達也



永井一正



永田春水



長沼守敬



流政之


<前 (109/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


やまぐち たけお

山口長男

1902年朝鮮(現大韓民国)に生まれる。1921年上京し、本郷洋画研究所に学び、22年東京美術学校西洋画科に入学する。1927年美術学校を卒業して荻須高徳らとフランスに渡り、パリで佐伯祐三、ザッキンらと交友する。1931年帰国し第18回二科展に抽象作品を発表する。1936年二科展特待となり、38年会友に推挙される。またこの年吉原治郎、斎藤義重らと九室会を結成する。1945年二科会の再建に参加して会員となる(64年退会)。1954年から74年にかけて武蔵野美術大学教授をつとめる。1954年第1回現代日本美術展で最優秀賞、62年昭和36年度芸術選奨文部大臣賞を受賞、そのほか1955年第3回サンパウロ・ビエンナーレ、56年第28回ヴェネチア・ビエンナーレなどの国際展に出品する。〈作品(かたち)〉連作など漆のような材質感のある東洋的情趣をもった抽象絵画を描き、戦後の日本美術の中で特異な位置を占める。(「ピカソと日本」図録 1990年)


カテゴリー:作家
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

北野恒富とは?【 作家名 】

金沢市に生まれる。本名富太郎。明治25年(1892)版下業の西田助太郎に彫版を学ぶ。明治30年北国新報社の彫刻部に勧めるが、退社して大阪に出る。翌年月岡芳年の弟子で日本画家の稲田年恒に師事し、浮世絵を学ぶ。その後梶田半古から新しい風俗画を学ぶ。明治34年大阪新報社に入社して挿し絵を描くが、明治44年第5回文展で3等賞を受賞する。大正元年(1912)大正美術会を設立。大正3年日本美術院再興とともに院展に出品、翌年大阪美術会を設立。大正6年日本美術院同人となる。美人画が得意で門下に中村貞以がいる。写生を基礎として恒富の美人画風俗画は、平明な親しさと余韻を持つ。(「東四国阿波讃岐風景画展」図録 1993年)

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

北野恒富

キーワードを含む記事
2件見つかりました。

  北野恒富

  斎藤翠紅


<前   次>

徳島県立近代美術館2006