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影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ 海辺の葉と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 都わすれと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ 石と影



影シリーズ 右近の葉と影



影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 浜辺の葉と影



影シリーズ 都わすれと影



影の自画像



過去も未来もない中心 I



過去も未来もない中心 II



かご


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 作家(1701)

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あるてんべるく

ペーター・アルテンベルク

本名はリヒャルト・エングレンダー。ウィーンの商人の息子に生まれ、高等教育を受ける。法学と医学の勉強を断念した後、本屋で見習をするが、医者に、神経過敏のために一つの職業に就くには不適格と診断される。ペンネームのアルテンベルクと同じ名称のドナウ河近辺に住み、鬱病と神経病の発症に苦しみながら、「ユンク・ウィーン」グループの最も重要な作家のうちの一人となり、亡くなるまで活動を続けた。健康的な菜食主義の生活を送る一方で、アルコールと薬物を過剰に摂取していた。彼の文章の内容は外面的で、世紀転換期の‘神経質なボヘミアン’の感覚に合致するものである。カールクラウスは、アルテンベルクという人物と作品を、絶対的に擁護した。


カテゴリー:作家
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小川芋銭とは?【 作家名 】

1868年江戸赤坂溜池の牛久藩邸に、留守居役小川伝右衛門の長男として生まれる。幼名不動太郎、のち茂吉と改める。はじめ油彩画を本多錦吉郎に学ぶ。1888年(明治21)「朝野新聞」の客員となり、同紙に帝国議会開設のスケッチや漫画を発表した。この時から芋銭の号を用いはじめる。1893年廃藩置県で牛久に帰農していた一家のもとに帰り、農業に従事しながら制作を行った。「茨城日報」「いはらき新聞」に投稿、1911年小杉未醒と漫画展を開催した。1915年(大正4)平福百穂川端龍子森田恒友らと日本画研究団体、珊湖会を結成、1917年には日本美術院の同人となる。以後院展を中心に、沼畔や田園に題材を取った作品を発表した。明治後期に幸徳秋水などと交流し、平民主義の影響を受ける一方、老荘の思想に通じ、書や俳諧もよくした。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)

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  小杉放庵(未醒)

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