ぐるぐるアートワード
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ぐるぐるもくじ


山麓で羊といる少女



サン=ロック教会



サーレ



サー・ウィリアム・マクスウェル将軍の肖像



The Signified or If No.1



The Signified or If No.2



The Signified or If No.3



The Signified or If No.4



The Signified or If No.5



The Signified or If No.6



The Signified or If No.7



ザヴジェル



ザガッタ



雑誌「青騎士」



雑誌「自由」(ラ・リベルテ)



雑誌「微笑み」(ル・スリール)



雑誌「ル・ポンポン」



ザツキン



『ザ・ライフ・オブ・マン』



ザルテン


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 作家(1701)

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がいりんく

レミギウス・ガイリンク

1898年から1900年、ウィーン工芸美術学校でカール・カルガーに学ぶ。1902年から1904年、ミュンヒェン美術アカデミーでルードヴィッヒ・ヘルテリッヒ、フランツ・フォン・シュトゥック、ヴィルヘルム・トゥーニーらに師事。オーストリア工作同盟及びキュンストラーハウスのメンバー。1897年、ウィーン分離派のための、コロマン・モーザーデザインのガラス窓を仕上げる。1900年、パリの万国博覧会に参加。1905年から1907年、シュタインホーフにある教会の祭壇を制作。1909年から1911年、新ウィーン劇場、1911年から1913年及び1922年から1945年まではブルグ劇場の舞台装置のチーフ。1908年、カイザー記念パレードの際には、主力スタッフとして600着の意匠をデザイン、そのうちの何着かのデザインはウィーン工房のポストカードになった。本の装丁も行った。1911年、舞踏会の寄贈品をデザインし、W.メルツナーが制作。1926年から1946年、工芸美術学校の教授を務めた。


カテゴリー:作家
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与謝蕪村とは?【 作家名 】

現在の大阪市に生まれる。江戸中期の俳人であり、画家。姓は谷口から与謝に改めた。蕪村は俳号で、画号は初め子漢。晩年に謝寅(しゃいん)とした。二十歳頃、俳諧を志し、江戸に下って早野巴人(はじん)に入門。巴人の没後、いまの茨城県など関東や東北を巡歴し、一七五一年(宝暦元年)、京都に居を結ぶ。丹後(現在の京都府)の宮津での滞在を挟み、以後は京都を拠点に活動した。絵画の面では、明清絵画のさまざまな画法を学び、南画の画法を吸収することで、自己の表現をつくりあげた。池大雅(たいが)とともに日本南画の大成者とされている。

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