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ほっぺ エミール・ホッペ
オットー・ヴァーグナーの教え子で助手。1909年から1918年までマルセル・カメラー、オットー・シェーンタールと共同で事務所を持つ。カメラーが抜けた後、1938年にシェーンタールとは彼が亡命するまで一緒であった。特にウィーン、クリーアウの競馬場スタンド(1911年から1913年、1918年)などに見られるように、ヴァーグナーの伝統を継続して発展させた。
カテゴリー:作家
エッチングとは?【 美術用語 】 版画技法。銅版画は、凹版を製版する技法によって直刻法と酸腐蝕法に大別できるが、これは後者の内で最も代表的なものである。エッチングの語源は「腐蝕」。まず銅板にグラウンド(防触剤)を均一にひき、ニードル等の鉄筆状のもので描画すると、描いた線の部分のみ銅板が露出される。これを酸にひたし、腐蝕時間によって線の深浅(太細)を調整する。そしてグラウンドを除去し、凹部にインキをつめ、プレス機で紙に刷り上げる。エッチングの特徴は、直刻法に比べて描画が容易であり、線の表情も腐蝕の深さによって自由に加減できることである。欧州では13世紀頃から金属細工師が腐蝕を用いて図案の線刻を行なっている。それを応用したエッチング版画の登場は16世紀初頭と考えられており、17世紀にはレンブラントを頂点として数多く制作された。日本では1931年、西田武雄によって専門誌『エッチング』が創刊され、日本の現代銅版画の創成期における、エッチングの研究・普及に大きな役割を果たした。 |
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