1913年山梨県に生まれる。1938年東京美術学校油絵科卒業後、高見沢木版社に入社。同年朔日会の創立に参加するが、1941年退会。1952年東京の資生堂ギャラリーで個展を開いた後、結核にかかり、55年まで療養。1955年
木版画を独習し、翌年最初の
木版画展を開く。油絵時代の具象的表現に代えて、
抽象的表現を目指した。1958年
スイスのグレンヒェン国際色彩版画
トリエンナーレに入選。この年から日本版画協会会員となり、協会展に出品する。1960年第2回東京国際版画
ビエンナーレで神奈川県立近代美術館賞、68年第5回展で文部大臣賞、62年第7回ルガノ国際版画
ビエンナーレで大賞、67年第1回チェコスロバ
キア国際
木版画ビエンナーレで大賞、この年アメリカのオレゴン州立大学に招かれ渡米。1963年ユーゴスラヴィアのリュブリアナ国立近代美術館で個展を開いた。(「
ピカソと日本」図録 1990年)