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「シュルレアリスム 彫刻・オブジェ・絵画・デッサン」展 ピエール・コル画廊



「シュルレアリスム」展 アテネオ・デ・サンタ・クルス・デ・テネリフェ



「シュルレアリスム絵画」展 ピエール画廊



シュルレアリスム革命 1-12号



シュルレアリスム国際展のマネキン人形 マン・レイ作



シュレンマー



春秋(双幅のうち「春」)



春秋(双幅のうち「秋」)



シューブラク



シュールマン



蕉陰煮茶図



障害児用おもちゃの自動車「バイオカー」“ロロ”と“ソロ”



邵氏観梅図



少女の顔



「肖像画・デッサン・宝石展」サル・デ・ザール



象徴主義



聖徳太子孝養立像



「少年の魔法の角笛」/(『ゲルラッハ・ユーゲントビューヒェライ』第4号)



初夏渡航



書簡 今泉氏宛


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 作家(1701)

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ゆんぐにっける

ルートヴィヒ・ハインリヒ・ユングニッケル

1898年、ミュンヒェンの工芸美術学校に通う。1899年、ウィーン美術アカデミーでクリスティアン・グリーペンケールに、1902年まではウィーン工芸美術学校でアルフレッド・ロラーに師事。1905年、ミュンヒェン美術アカデミーカール・フォン・マールに、引き続きエッチングクラスでヴィリアム・ウンガーに師事。ドイツ工作同盟、オーストリア工作同盟、キュンストラーハウスのメンバーとなる。1904年、雑誌「愛するアウグスティン」挿画、1905年、動物の描写6点と風景画1点で‘吹付け’技術を初めて試み、1906年、同じ雛型で繰り返しているが、1905年の「芸術と装飾」11月号にて発表している。1908年、クンストシャウに参加。1909年、シェーンブルンの移動動物園の動物たちを描いた木版画シリーズ。1910年、ウィーン工房向け、想像力溢れる「昆虫の音楽家たち」のポストカード。1911年、フランクフルトの工芸美術学校の教授を務める。1912年から1913年、ストックレー邸の子ども部屋の為の、動物のフリーズ(壁面上部の帯状装飾)、1913年、ボスニア、及びヘルチェゴビナに旅行。絵画作品、「洪水」は新しい様式を示している。1914年以降、エゴン・シーレや、オスカー・ココシュカらに刺激を受け、より一層画業に専念するようになる。1917年、多色木版画のシリーズ「寓話の動物」、1919年、リトグラフ「伝統的古典の動物寓話」、1922年、ウィーンのスペイン宮廷乗馬学校の習作、1937年、国から賞を授与される。1938年、スプリットへ亡命、その後アバジアへ。1952年、オーストリアに帰国。


カテゴリー:作家
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ジャーとは?【 作家名 】

1956年、チリのサンティアゴに生まれる。チリで大学を卒業した後、1982年にニューヨークに移住し、以後、ニューヨークにて活動する。1980年代に、重い社会問題を主題とする写真とライトボックスを用いたインスタレーション作品を発表し、一躍注目を集めた。1986年のベネチア・ビエンナーレアペルト)をはじめとし、翌87年のドクメンタ8など、現代美術の世界的なグループ展に数多く作品を発表し、重要な位置を占めている。ルワンダ・プロジェクトはジャーの近年のプロジェクトの中でも代表的なもので、1994年にアフリカのルワンダで起きた集団殺戮のあった現場に取材に赴き、ルワンダをテーマとして数多くの作品を制作した。

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